2009年2月10日火曜日

神西城(その2)・十楽寺

十楽寺(じゅうらくじ)

所在地 島根県出雲市 東神西町


【写真上下】神西城の北側麓にある十楽寺
◆門前の駐車場前に由来の説明板がある。前稿の神西城説明と重複する部分があるが、転記する。

十楽寺由来
 当寺は曹洞宗に属し護国山十楽寺と称する。
 貞応2年(1223)鎌倉幕府の任命により赴任した地頭小野高通が菩提寺として建立したとされる

 小野氏は代々、神西三郎左衛門と名乗り、神門郡西部の地頭職として約340年間勢力を張っていた。12代目元通は武将として尼子氏に従い、天正6年(1578)播磨国上月城において切腹し神西家は断絶した。

 当寺は神西氏再三の合戦による兵火に遭い古記録を焼失したため、開創以来約300年の歴史を詳らかにすることができない。


 天文年中(16世紀初め=元通の頃)越山祐(えつざんゆう)超(ちょう)和尚により再興されたが、寛文年中(17世紀末)曹洞宗の宗統改革で、越山和尚を開闢(かいびゃく)とし、松江洞光寺第二世天麟(てんりん)星(しょう)壺(こ)和尚を追請し当寺開山となし、末寺30カ寺を有する寺となったのである。


 再建以来200数十年を経て、本堂の腐朽甚だしくなり、寛政12年(1800)14代志道和尚により改築されたのが現在の本堂である。


 明治維新の折り、無住の末寺10ヵ寺を合併し、その本尊は観音堂に合祠している。なお当寺には
●神西家12代の合祠塔
●市文化財 開闢越山和尚画像がある。“



◆下段の「神西家12代の合祠塔」というものがあるが、探してみたもののどこにあるのかわからなかった。余談ながら、境内に植えてある何本かの桜の古木は、春になると見事に咲き誇り、地元の人たちもこの場所をよく訪れているようだ。

 由来の中に、本堂を寛政12年に改築、とあるがつい最近まで、本堂も含め改築されている。個人的にこの寺院の建築様式美はなんともいえないものがあり、特に屋根の形などは気に入っている。

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