八重山城(やえやまじょう)跡
●探訪日 2009年11月6日●所在地 島根県松江市宍道町上来待~雲南市大東町幡屋
●遺跡種別 城館跡、社寺跡
●標高 405(407)m
●遺跡名称 八重山遺跡
●別名 八十山
※参考 島根県遺跡データーベース、宍道町史等
◆解説
前稿で取り上げた丸倉山を含む、「幡屋三連山」のもう一つの山、八重山城跡を取り上げる。この山については、県の遺跡データベースによると、城館跡とはしているが、山城としてのはっきりとした遺構が認められず、むしろ「社寺」跡として記載されている。
ただ、丸倉山は別として、大平山と八重山は直線距離で600m前後と短く、さらに同筋の尾根状にあることから、城跡としての機能はもっていないものの、大平山城とかなりの関係をもった社寺であったと思われる。
【写真左】登城口付近
今回の登り口は、八重山の北麓部にある上来待小林地区の小林公民館脇の道から入って行った。
ちなみに、八重山登城口としては、このほかに、反対側の南東部・雲南市大東町遠所地区から登るところもある。また、丸倉山方面から行けば、大平山の峰を東に進むと当山に行くこともできる。
写真は、車で行ける最終地点で、ここまではアスファルトの整備された道になっている。駐車スペースは傾斜があるものの5,6台は十分に留めることができる。
【写真左】登城途中の谷川の石垣
駐車場から歩きだすと、道幅はあるもののかなりの急こう配の坂道になる。途中まで右側の谷に数カ所写真のような石垣がみえた。
この写真の石垣の上部には多少の水たまりがあるものの、平坦な面が認められ、畑地跡とも思われるが、昔の砂防ダム的な施設だったかもしれない。
【写真左】八重山東部の尾根
写真の上部は尾根だが、この付近までの道は一転して狭く、しかも傾斜がさらにきつくなる。ただ、時間的には短い。
【写真左】上記尾根地点
尾根にたどり着くと、その向こう(南)には、大東側から登る道が見える。この地点に、「雲ヶ峠」という看板がぶら下がっていた。
写真に見える道からも八重山に向かうことはできるが、あえてこのまま尾根伝いの道を進む。
【写真左】八重山頂上部
尾根伝いに登っていくと、写真のような景色に出くわす。頂部付近は南北にわたってきれいに周辺の草木が刈られており、非常に視界がいい。
この写真は南側斜面を東側尾根からみたもの。
【写真左】八重山頂上
標高405mとある。頂上部は南側に2,3段の削平地をもち、北側はほとんど平坦な面をもっている。
南の大きな道路側から北の先端部までは、150m前後はあるかもしれない。東西は30m前後か。
【写真左】南側からみた八重山中央部
想像だが、この南側の数段の削平地に寺院施設としての坊や堂などが建っていたのではないだろうか。
写真左は、休憩小屋のような建物だが、中央に地蔵が祭られている。
【写真左】裏(北側)からみた地蔵
この小屋は掘立柱の土間仕上げで、特に中には何もないが、おそらく地元の人によって定期にこの地蔵を祀る行事がされているのではないだろうか。
【写真左】頂部の北側から小屋付近を見る
前記したように、北側は非常に広く、しかも平坦な仕上がりになっている。
【写真左】頂上から北方方面の眺望説明板
この位置から見える主な角度は、北東方面(45度)だが、天気が良いと鳥取県の大山(だいせん)も見ることができる(この日は霞んで今一つだったが…)。
【写真左】宍道湖東岸および松江市方面を見る
天気がもっとよいと、島根半島の山並みのさらに向こうの日本海も見ることができる。
【写真左】八重山頂部西にある大平山への案内板
●遺跡種別 城館跡、社寺跡
●標高 405(407)m
●遺跡名称 八重山遺跡
●別名 八十山
※参考 島根県遺跡データーベース、宍道町史等
◆解説
前稿で取り上げた丸倉山を含む、「幡屋三連山」のもう一つの山、八重山城跡を取り上げる。この山については、県の遺跡データベースによると、城館跡とはしているが、山城としてのはっきりとした遺構が認められず、むしろ「社寺」跡として記載されている。
ただ、丸倉山は別として、大平山と八重山は直線距離で600m前後と短く、さらに同筋の尾根状にあることから、城跡としての機能はもっていないものの、大平山城とかなりの関係をもった社寺であったと思われる。
【写真左】登城口付近
今回の登り口は、八重山の北麓部にある上来待小林地区の小林公民館脇の道から入って行った。
ちなみに、八重山登城口としては、このほかに、反対側の南東部・雲南市大東町遠所地区から登るところもある。また、丸倉山方面から行けば、大平山の峰を東に進むと当山に行くこともできる。
写真は、車で行ける最終地点で、ここまではアスファルトの整備された道になっている。駐車スペースは傾斜があるものの5,6台は十分に留めることができる。
【写真左】登城途中の谷川の石垣
駐車場から歩きだすと、道幅はあるもののかなりの急こう配の坂道になる。途中まで右側の谷に数カ所写真のような石垣がみえた。
この写真の石垣の上部には多少の水たまりがあるものの、平坦な面が認められ、畑地跡とも思われるが、昔の砂防ダム的な施設だったかもしれない。
【写真左】八重山東部の尾根
写真の上部は尾根だが、この付近までの道は一転して狭く、しかも傾斜がさらにきつくなる。ただ、時間的には短い。
【写真左】上記尾根地点
尾根にたどり着くと、その向こう(南)には、大東側から登る道が見える。この地点に、「雲ヶ峠」という看板がぶら下がっていた。
写真に見える道からも八重山に向かうことはできるが、あえてこのまま尾根伝いの道を進む。
【写真左】八重山頂上部
尾根伝いに登っていくと、写真のような景色に出くわす。頂部付近は南北にわたってきれいに周辺の草木が刈られており、非常に視界がいい。
この写真は南側斜面を東側尾根からみたもの。
【写真左】八重山頂上
標高405mとある。頂上部は南側に2,3段の削平地をもち、北側はほとんど平坦な面をもっている。
南の大きな道路側から北の先端部までは、150m前後はあるかもしれない。東西は30m前後か。
【写真左】南側からみた八重山中央部
想像だが、この南側の数段の削平地に寺院施設としての坊や堂などが建っていたのではないだろうか。
写真左は、休憩小屋のような建物だが、中央に地蔵が祭られている。
【写真左】裏(北側)からみた地蔵
この小屋は掘立柱の土間仕上げで、特に中には何もないが、おそらく地元の人によって定期にこの地蔵を祀る行事がされているのではないだろうか。
【写真左】頂部の北側から小屋付近を見る
前記したように、北側は非常に広く、しかも平坦な仕上がりになっている。
【写真左】頂上から北方方面の眺望説明板
この位置から見える主な角度は、北東方面(45度)だが、天気が良いと鳥取県の大山(だいせん)も見ることができる(この日は霞んで今一つだったが…)。
【写真左】宍道湖東岸および松江市方面を見る
天気がもっとよいと、島根半島の山並みのさらに向こうの日本海も見ることができる。
【写真左】八重山頂部西にある大平山への案内板
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