2012年5月7日月曜日

星ヶ城(広島県安芸高田市吉田町桂・高野)

星ヶ城(ほしがじょう)

●所在地 広島県安芸高田市吉田町・高野
●築城期 不明
●別名 星ヶ崎城
●城主 星野市兵衛、長屋下野
●高さ 標高370m(比高160m)
●遺構 郭、堀切等
●登城日 2007年12月5日

◆解説(参考文献『日本城郭体系第13巻』、サイト『城郭放浪記』等)
星ヶ城は、毛利氏の居城・吉田郡山城の麓を流れる江の川(可愛川)を約6キロほどさかのぼった高野・桂の北岸に聳える山に築かれている。
当城に登城したのが2007年なので、5年も前のことである。もう少し早めにアップすればよかったのだが、印象が薄かったのか保留していたようだ。
【写真左】星ヶ城
当城の登城口付近には模擬櫓や堂宇のようなものが設置されている。








現地の説明板より

“星ヶ城跡

[所在地] 高田郡吉田町桂、高野
[現状] 山林
[保存状況] 完存
[立地] 丘陵頂部 標高370m 比高160m
[概要] 
 単郭の城で、中央に「H」字形の高まりが見られる。土塁もしくは櫓台的な機能が考えられる。北に堀切を設けているが、その他に延びる尾根筋上には加工は見られなかった。
 城主ははじめ星野氏、後に長屋氏と伝えられる。

1995年(平成7年)8月 吉田町教育委員会”
【写真左】高田郡吉田町 郷野地区の史跡案内図
 合併前に設置されたもので、これによると、明治22年4月に、長屋村・桂村・高野村・上入江村の4村が合併し、郷野村とし、昭和4年に高原村の一部下入江が合併したという。


 そして、昭和28年に、吉田・丹比・可愛・郷野の4ヶ村が合併し吉田町となり、平成に至って安芸高田市となったとされる。


 このことから、当初は小規模な国人領主として、星野氏や長屋氏がおり、可愛川(江の川)を挟んで、東方には桂氏が独自の領地を保有していたと考えられる。

星ヶ城に関する史料はあまりない。
星ヶ城周りには当城の他に下記の城砦が点在する。
  1. 木野村城
  2. 亀山城
  3. 下峠城
  4. 槇ヶ城
  5. 桂城
  6. 雨乞城
  7. 柏城
  8. 清水城
  9. 鈴尾城(福原城)
上記のうち、5の桂城、9の鈴尾城は毛利氏の支城として有名だが、その他の城砦については詳細な記録は残っていない。
【写真左】星ヶ城略測図
 ご覧の通り大変シンプルなもので、本丸まで登城しているが、遺構などの記憶がほとんど残っていない。


城主は最初星野市兵衛だったとし、その後槇ヶ城主であった長屋氏が治めたという。この槇ヶ城は、星ヶ城の位置からすぐに南に延びた丘陵上に築かれた小規模な山城で、おそらく星野氏が滅亡したあと、長屋氏が治めたのだろう。

また、出典は不明ながら長屋氏も毛利氏の家臣であったという。こうしたことも含めて考えると、下段に示すように、桂城と指呼の間にあったことから、長屋氏及び桂氏が当地に深くかかわっていたことが想像される。
【写真左】本丸付近
 遺構を示すような写真でないため、物足りないが、おそらくほとんど遺構の確認ができなかったのだろう。
【写真左】桂城遠望
 星ヶ城の東麓を国道54号線が走り、その向かいには桂城がそびえる。


 当城の登城を何度か試みたが、駐車できる場所がなく、断念している。
【写真左】本丸から南麓を見る。
 中央の谷間から登ってきているが、この写真の中に、亀山城・槇ヶ城などが入っていると思われる。
【写真左】本丸から東方を見る。
 おそらくこの山系の中に、尼ヶ崎城・斧田館・竹樋館などが入っていると思われる。


 





中山神社

星ヶ城の麓には中山神社という社が建立されている。毛利元就が関わり、東方の桂城の城主であった桂氏が崇敬したとある。
【写真左】中山神社鳥居
 鳥居には「八幡社」とされているが、おそらく中山神社のことだろう。


現地の説明板より

“中山神社と大太鼓

 神社は天文16年(1547)毛利元就公が鶴岡八幡宮よりその分霊を勧請社殿を造営したもので、毛利家並びに中山城主桂能登守元澄の崇敬厚く、元澄の奉納せし神鏡が現存している。
なお、嘉永6年社殿炎上し、安政2年(1855)再建されたものである。
【写真左】中山神社本殿
 規模はさほど大きなものではないが、説明板にもあるように、建築彫刻には見るべきものがある。

 社殿の彫刻は、島根県人(氏名不詳)の作で、近郷に類を見ない逸品である。


 大太鼓は、樅の大木で、万延元年川野屋伊三郎の寄進で、周り一丈二尺・直径三尺三寸の稀に見る大太鼓である。一番木は厳島神社に奉納し、二番木を当中山神社に奉納したもので、吉田町重要文化財に指定されている。
 平成8年11月23日”
【写真左】桂谷山 元浄寺の屋根
 中山神社の近くには、元浄寺という浄土真宗本願寺派の寺院が建っている。縁起などは不明だが、たまたま本堂の峰瓦を眺めていたら、素晴らしい龍の姿が見えた。

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