2012年1月24日火曜日

大高丸跡など(島根県松江市東生馬町清谷)

大高丸跡(だいたかまるあと)など

●所在地 島根県松江市東生馬町清谷
●高さ 不明(200m余)
●遺構 郭等
●備考 白鹿山城砦砦群
●登城日 2012年1月18日

◆解説(参考文献『島根県遺跡データベース』等)
前稿に続いて「鳥ノ子山」からさらに南の尾根伝いを進んだ大高丸跡を中心に紹介したい。

ところで、度々参考にしている『島根県遺跡データベース』では、この大高丸跡も含め、この尾根筋に配置されている「白鹿城」「小白鹿城」そして、「真山城」までを『白鹿山城城砦跡群』として定義している。

確かに白鹿谷を中心とし、東西に走る尾根筋に城砦が点在していることから考えて、城砦群とすることに違和感はないが、そこまで包含するならば、前稿で紹介した北方の尾根筋にある「鳥ノ子山」や「あかはげ山」もこれらに含めてもよいのではないかと思われる。

さて、今稿では「大高丸跡」も含め、南方の「白鹿城」「小白鹿城」を除く、北側の城砦群、すなわち「真山城」の稿で紹介した地元の案内図でいえば、下記のものを取り上げたい。
参考までに、再度地元の案内図を添付しておく。

【写真左】白鹿城跡・真山城跡案内図


このままでは小さいと思われるので、この写真にアイコンを持っていき、クリックすると個別画面として拡大するので、ご覧いただきたい。


左側(西)のルートとで、上から下に向かっていく。








主な山の名称
  1. 天狗山(資料によってはこれを「鳥ノ子山」としているものもある)
  2. 玄武山
  3. 尻廻し山
  4. 大高丸
なお、大高丸山の南方にある「小高丸」については、当日東側の尾根を降りて行ったため、踏査していない。

はじめにお断りしておかなければならないのは、踏査撮影したものの、上記の1~4までの境がはっきりと認識できず、明確に比定できていない。したがって、およその位置としての紹介としたい。
【写真左】寺床の上付近から南西方向を見る。
 鳥ノ子山の南西部で、東麓を下ると寺床といわれる箇所があるが、その先をしばらく進むと、眺望が開ける。


 写真にみえる右側の高い山が大高丸で、この位置はまだ北方に位置している。
【写真左】天狗山付近
 このあたりから尾根が南進し始める。


『島根県の山』(山と渓谷社)では、この天狗山を「鳥ノ子山」と同定しているが、位置的に現地案内図と照合すると、天狗山はだいぶ南にあるため、この山を「鳥ノ子山」とすることには無理がある。


東の真山城側の尾根に比べ、写真のように割と平坦な箇所が多い。
【写真左】「鳥ノ子山」を振り返って見る。
 全体にこの尾根筋では眺望はよくないが、上記の位置で振り返ると、木々の間から「鳥ノ子山」の姿が見えた。


 おそらくこの位置は、天狗山と玄武山の中間地点だろう。
【写真左】虎口か
 おそらく玄武山付近と思われるが、この位置で変化を持たせた小郭段が2,3か所認められ、土塁状の高まりが確認できた。


 また、この場所から少し南進した箇所で下段の写真に示すように、東方の真山城をはっきりと見る場所が出てきた。


 このことから、東麓・白鹿谷の中間地点から直接この場所へ登り降りし、南接する「大高丸」への虎口としての役割があったかもしれない。


【写真左】東方に真山城を見る。
 この場所からは真山城の一ノ床から主郭まで全景が俯瞰できる。


 戦略的には敵方の動きを監視する上でもっとも重要な場所となっただろう。
【写真左】大高丸・その1
 大高丸の主郭に向かう道については表示がない。


 玄武山を過ぎ、尾根の東側に踏み跡が続き、そのまま進むと、途中からさらに尾根中心から東(左)に逸れ始める。


 気が付くと、大高丸の南麓部に来ていた。このため、そこでUターンし、南側から大高丸の主郭を目指して直進する。


踏み跡はほとんどなく、傾斜はあるものの割と緩やかなため、直進して登る。
【写真左】大高丸・その2 腰郭
 登城途中西側に見えたもので、規模は小さいが、幅3m前後で南から西にかけて伸びている。
【写真左】大高丸・その3 主郭
 ご覧の通り、荒れ原野然としているが、中央部から全周に降り勾配となり、西(左)側へそのまま緩やかな平坦面をたもち、「小高丸」のほうへ続く。
【写真左】大高丸の主郭から西(実際は南だが)の小高丸方面を見る。


小高丸の方へは今回向かっていないが、次第に尾根が細くなり、比高も下がり頂部に小規模な平坦地があるようだ。


なお、小高丸を過ぎて南側に降りると、白鹿城の西の谷登山口につながる。
【写真左】大高丸南の郭
 大高丸を過ぎ、東尾根を伝って進むと、それまでの緩やかな尾根道が無くなり、急勾配の下りとなる。


 その途中に見えたのが、写真にある郭である。登山道の整備が優先されたためか、遺構の残存度はよくないが、南方の白鹿城に近接していることを考えると、当時はこのあたりに城砦遺構が多数設置されていたことが想像される。
【写真左】東方に真山城の「一ノ床」西側面を見る。
 急斜面の下山途中から見えた真山城だが、「一ノ床」付近の西側斜面には大規模な崩落箇所が見える。
【写真左】南方に白鹿城を遠望する。
 上記とほぼ同じ位置から見えたもので、白鹿城の北方の様子がよく分かる。

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