2011年6月20日月曜日

小笹丸城(岡山県井原市美星町大字黒忠字笠丸)

小笹丸城(おざさまるじょう)

●所在地 岡山県井原市美星町大字黒忠字笠丸
●築城期 不明
●築城者 不明
●城主 竹野井市朗衛門尉、竹野井常陸守氏高、竹野井又太朗春高
●遺構 主郭・郭・土塁・竪堀・虎口・武者隠し・井戸
●高さ 標高390m/比高90m
●指定 井原市指定重要文化財
●登城日 2009年8月30日

◆解説
 旧小田郡美星町にあった山城で、小規模ながら遺構保存が良好な山城である。
 所在地は、合併した井原市の北東部にあり、北西1キロを進むと、高梁市(川上町)に入る場所にある。
【写真上】小笹丸城の位置図
 文字が小さいため分かりづらいが、中央右側の位置に示してある。

 現地の説明板より

小笹丸城の由来

 小笹丸城は、標高390m・比高90mの丘陵に位置し、美星町大字黒忠字笠丸に所在する。

 戦国期の村落領主クラスの詰めの城であると考えられ、大規模な石垣などはないが、土の造形によってきわめて綿密なプランによって築城されたと考えられる。
【写真左】案内図
 城の中心部は左上に当たるが、この図でも記されているように、赤線で示した登城路の途中には、「トノヤシキ」「トノヤブ」「トノノウラ」などといった地名が残る。

 城域は、東西に150m、南北に120mを測り、主郭・曲輪・土塁・竪堀・虎口・武者隠し・井戸などが創出されている。

 創築年代は不詳であるが、大永年間には竹野井市朗衛門尉が、天正3年(1575)には、竹野井常陸守氏高・竹野井又太郎春高が居城したと伝えられる。

 主郭からの眺望は、八日市、星田の金黒山城址、川上町の国吉城址、弥高山などまで及び、各城砦や見張り所との連絡は、たとえば狼煙、鏡、釣鐘によって容易であったと推定される。

 南側の曲輪には、小説「反逆」のなかで、この小笹丸城を舞台としてとりあげた小説家・遠藤周作氏直筆の石碑が設けられている。”
【写真左】「トノヤシキ」付近
 城下南東部に当たる位置で、おそらくこの辺りが城主や家臣が住んでいた場所と思われ、大手筋にあたると考えられる。
 写真の左前方の小山が小笹丸城になる。
【写真左】南麓部の道
 現在の登城ルートは南側から時計方向に回り込み、途中から右折して向かうコースが設定されている。
 この写真の下あたりはかなりの傾斜があり、天険の要害となっているが、「トノヤブ」といわれた個所でもある。
【写真左】本丸に向かう入口付近
 右側に見える道からここで鋭角にターンして向かう。

【写真上】小笹丸城縄張図
 ほぼ円形の形をなしたもので、中央部に主郭を配置し、北に虎口を持ち、以下反時計回りに帯曲輪が5カ所連続して取り巻く。
 北東部には曲輪6の先に土塁を設け、さらに下段に長い堀切が南北に切られている。
 真北には一本の竪堀が長さ50mにわたって伸びているので、全体に北から東方面を重視している構成となっている。
 なお、北西側の曲輪2からさらに伸びた腰郭が一カ所設置されている。

 現地の説明板によると、

“戦国期の村落領主の詰めの城の典型的な事例といえ、大規模な石垣などはないが、土の造形によってきわめて綿密なプランを創出している。
 その整った構成から、現在地表面から確認できる遺構が完成したのは、天正期(1573~91)に下ると考えられる”

と記されている。
【写真左】曲輪4の位置から主郭を見る
 写真の左側の石碑が、遠藤周作氏自筆のもので、右の案内板に上記の縄張図が設置されている。
 下段の曲輪から主郭までの比高は約6,7m程度だが全周囲が切崖をなしている。
 この日探訪したのが夏だったため、このように草丈が伸びていたが、それでも管理が行き届いていた。

【写真左】主郭・その1
 主郭は下段の曲輪から想像していたものよりかなり広く、長径30m×20m程度と思われる。
丁寧な施工となっている。
 写真奥にみえる高まりは土塁。

【写真左】社
 主郭に設置されているもので、「城山神社」とある。


【写真左】土塁
 先ほど紹介した土塁で、高さは約1.5m程度。


 配置は、北側中央部の虎口ルートから登る道で一旦切られているが、北側から東側にかけてぐるりと囲んでいる。
【写真左】北西側の土塁下にある曲輪1、2付近
 曲輪の外端側は雑草があり、確認はできなかったが、多少小規模な土塁を残していたように思えた。

 写真左側が本丸側切崖になる。

【写真左】虎口
 同じく北側に認められるものだが、虎口まで誘導するルートは東側から回り込むような構成となっている。


【写真左】竪堀
 当城で最も規模の大きいもので、傾斜もかなりあるため、相当効果があったものと思われる。

【写真左】曲輪5から一周して曲輪1,2付近の合流点
 上段の縄張図でもわかるように、ほぼ同心円状に曲輪群が取り巻き、幾何学的な造形美さえ感じさせる。
【写真左】城下の南麓
 手前が「トノヤシキ」付近で、さらに下方に棚田が広がる。

0 件のコメント:

コメントを投稿