2022年8月24日水曜日

天空の鳥居・高屋神社(香川県観音寺市高屋町)

 天空の鳥居・高屋神社
          (てんくうのとりい・たかやじんじゃ)

●所在地 香川県観音寺市高屋町2
●別名 稲積社
●創建 不明
●祭神 邇々杵命・保食命等
●備考 稲積山(H:404m)
●参拝 2020年10月6日

解説
 今稿は山城の紹介ではないが、前稿九十九山城(香川県観音寺市室本町江甫山)でも少し触れたように、天正6年に長宗我部軍が九十九山城の東側からから鉄砲を放ち、落城させたと伝える稲積山、及び当山に祀られている高屋神社をとり上げたい。
【写真左】天空の鳥居
 高屋神社上宮に建立されているもので、設置場所が御覧のように稲積山という山の頂上部に神社とともに建立され、風光明媚な場所として近年有名になっている。


 最初にお断りしておきたいのは、長宗我部軍がどのあたりから鉄砲を放ったのか記録がないため、具体的な場所は分からない。

 しかし、下段で紹介しているように、下宮から本宮にかけての参道付近に近いところに陣を構えたと思われ、その周辺部及び、最近「天空の鳥居」として多くの観光客が訪れる高屋神社本宮なども併せて紹介したいと思う。
【左図】高屋神社と九十九城の配置
現地に設置されていた案内図をもとに少し手を加えたもの。

 左下に九十九山城、右側に下から高屋神社の下宮、右上の稲積山側に本宮及び鳥居がある。
 なお、この図では中宮の位置は描かれていないが、本宮と下宮の間にあって、現在は鳥居だけが残る。(下段の写真参照)



高屋神社

 高屋神社は稲積山の中腹にある下宮、及び頂上部にある本宮の2か所に鎮座している。当社縁起については現地の説明板に次のように記されている。

❝高屋神社
 祭神は邇々杵命(ににぎのみこと)・保食命(うけもちのみこと)・咲夜比女命(さくやひめのみこと)で、延喜式の神名帳(平安時代)に「讃岐国刈田郡高屋神社」とあり、延喜式内社讃岐二十四社の一社である。

 この社は当初稲積山頂にあったのを1600年頃に、山の中腹に移し、さらに1760年頃に山麓に移したが、里人はその祟りをおそれ、1831年に山頂の旧地に再び本殿を造営した。山の名をとり稲積社とも呼んでいる。
 大祭は4月第2土・日曜日に行われている。
    昭和59年 香川県❞
【写真左】稲積山遠望
 南麓から見たもので、稲積山頂部に高屋神社本宮及び鳥居が建立されている。この日は天気も良かったこともあり、肉眼でも鳥居が確認できた。

 なお、左側の箇所はH:300mほどのピークで、そこまでは急峻だが、それを過ぎるとしばらくなだらかな道となる。
【写真左】下宮の高屋神社
 下宮とされているものの、鎮座している位置は稲積山の頂部から南に延びる尾根の位置にあり、標高74m前後の地点である。

 因みに、この近くに駐車場があるので、ここに車を停めることができる。
【写真左】本宮に向けてここからスタート
【写真左】中宮の鳥居
 平成10年に建立された鳥居が見える。

 この場所に1600年頃、頂部から移したのだろう。当然ながら社は現在はない。





長宗我部軍による鉄砲が放された場所

 ところで、天正6年に長宗我部軍が九十九山城の東側からから鉄砲を放ち、落城させたといわれた箇所だが、当時の射程距離などから考えると、下宮からこの中宮辺りの位置になるだろう。
 これから上に行くと増々距離が離れ、鉄砲では不可能だからだ。
 具体的にはこの参道側より左側斜面で行われたのだろう。
【写真左】段々と険しい道となる。
 中宮跡を過ぎると次第に道は険しくなり、岩塊が目立つようになる。
【写真左】タラップ
 文字通り九十九折れとなり、危険な箇所は写真のようなタラップが設置してある。
【写真左】北側に大蔦島・小蔦島が見える。
 険しい道を過ぎるとしばらくなだらかな道となる。
 その途中で北側に視界が広がった。
 以前紹介した讃岐・天神山城が見える。
【写真左】最後の階段
 本宮の手前からは御覧の階段が続く。大分劣化しているようで、部分的に養生がしてあるものの、階段に設置されている石もグラグラしているものがある。

 足元を注意しながら登らないと、ケガをしそうだ。また傾斜もあり、結構体力を使う。
【写真左】到着
 高屋神社にたどり着いた。
【写真左】先ずは拝殿に向かう。
【写真左】拝殿
【写真左】高屋神社本宮から九十九山城を遠望する。
 左側の鳥居が別名「天空の鳥居」といわれているもので、九十九山城をはじめ、この位置から銭形砂絵で有名な有明浜、琴弾公園などが見える。
【写真左】高屋神社から一夜庵、銭形砂絵を遠望する。 
 九十九山城の稿で紹介した一夜庵や、有名な銭形砂絵がかすかに確認できる。
【写真左】高屋神社
 ところで、管理人が驚いたのは、沢山の観光客が来ていたことである。
 この人たちも管理人のように登山してきたのかと思ったが、これとは別に当社に車でアクセスできる道があり、これを使って参拝に来ていたようだ。

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